あ~うるさいね~ 何処の風来坊か知らないが さっきからやけに
でもまあ 可愛そうなことに 忠太郎は五つの時に病で死んだって
死んだ子供が今頃になって、此処へ訪ねてくるような事があるもんかね
その忠太郎ってのが あっしでござんす 女将さん たった一言でいい
ちょいとばかり小銭がたまったと見たら やれ親戚だの 倅だのと
そんな姿で尋ねてきて おっかさんと名乗られたところで 誰が喜んで
それじゃ どうあっても あっしには 見覚えがねえとおっしゃるんですか
よしやがれお浜 さっきから黙って聞いてりゃ 何て面してやがる
外は冷てえみぞれが降ってら あかの他人のおめえなら お浜で十分だ
こんな板の間まっぴらごめんだ 畳の上で話をつけようじゃねえか
親子の名乗りがしたかったら 堅気の姿で尋ねて来いと 言いなすったが
愚痴じゃねえ 未練じゃねえんだ 女将さん 俺の話をよ~く聞きなせえ
尋ね尋ねた母親に 倅とも呼んでもらえぬような こんなやくざに
でもだめだ おっかさんに巡り合うまでは 指一本触れちゃならねえと
こんな薄情な人だと知ってたら おいら 尋ねて来るんじゃなかった
いつもこうやって 瞼を閉じりゃ 逢わねえ昔の優しいおっかさんの面影が
女将さん くれぐれも お体には お気を付けなすって それじゃ それじゃ
おっかさん おっかさんただいま あ~おっかさん ねえおっかさん
今表に出て行った旅の人 目にいっぱい涙をためて出ていったけど
あの人 いつもおっかさんが 私に話しをしてくれてる 番場に置いてきた
ねえ おっかさんどうなの 泣いてたんじゃわかんないわよ どうなのよ
それじゃあ せっかく此処へ尋ねてきてくれた忠太郎兄さんがあまりにも
おこぜ 許しておくれ おっかさんが悪かった おっかさんが悪かったんだよ
つい 水熊の暖簾とお前ばっかりが可愛くて あの子を冷たく帰してしまった
今からでも間に合う 忠太郎を迎えに行く お前も一緒に来ておくれ
ちょいと 誰かいるかい 籠を三丁 籠を三丁 用意しておくれ 忠太郎~
あの声は おっかさんに 妹の声じゃねえか 何を言ってやんでえ
俺にゃ おかあはいねえんでえ 俺のおっかさんは 俺の心の底にいるんだ